
[訪問記] 教育のイノベーション 神山まるごと高専
教育
2025.03.23
Sansanというメガスタートアップの創業者、寺田親弘さんにVCとして創業期に投資させて頂く幸運を得た。Sansanは大きく成長・上場し、日本のSaaS分野のリーディングカンパニーとなった。
2021年、久しぶりにzoomをした寺田さんが「新しい高専を作る」と話してくれた。Sansan上場時にVCとしてリターンを得たが、その時の村松の報酬を、この構想にほぼ全て寄付した。これが日本に20年ぶりに新設される高専となった「神山まるごと高専」だ。
ベンチャーキャピタリストが、起業家が起こした教育のイノベーションをどう感じたかをここに書きたいと思う。
SaaS企業を経営している寺田さんにとって「起業とテクノロジーとデザインを学ぶ学校」という尖ったコンセプトは必然だった。「社内に高専卒の優秀なエンジニアがいることに気づいた」とピッチの時に話してくれた。
クラウドファンディングの熱気
起業家が作る新しい学校、しかも高専、ということで、日本中のメディアが取り上げ始めたが、創業チームの仕事ぶりが「さすが」と唸ったのが、Makuakeで実施したクラウドファンディングだった。「あなたも一緒に学校づくりしませんか」「先輩のいない学校の先輩になってくれませんか」という声かけに、開始からあれよあれよと5721万円(目標金額は3000万円)も集まってしまった。
印象的だったのは、すさまじい数の応援メッセージに「高専出身者です」と書いている人が多かったこと。「徳島県在住です」「神山町出身です」という声も多かった。応援者の高揚感がすごかったクラウドファンディングだった。教育のイノベーションが起きていると感じた。
世の中にないプロダクトをゼロから作り、大きな産業を作り出していく、その寺田さんの突破力を知っているSansanの既存投資家や、起業家仲間から、続々と設立資金が集まった。文科省の認可も下りて、校舎の建設が始まる頃には、取材や見学の申し込みが殺到していた。現場のいろんな業務が100名以上のプロボノで支えられていた。
「運用益」で学費無料化というイノベーション
しかしなんと言ってもすごいのは、基金を作りその「運用益」で学費を実質的に無料にしたことだ。
ソニー、ソフトバンク、デロイト、セコム等の大企業から出資や寄附などで10億円ずつ集め100億円相当の基金を作り、その運用益を奨学金に当てる(スイスの運用会社が5%を目線に運用)というスキームを作り出した。一般社団法人の基金制度を使い、拠出企業へは基金解散時には返還義務がある。
「企業の眠っているお金を、実質負担なく日本の未来を担う人材の育成に使う」という寺田さんのピッチ力と資金調達力。

1学年40人のうち希望する全ての学生に、学費(年間200万円)が奨学金として支給されるしくみが完成した。
ベンチャーキャピタルファンド的な金融の仕組みで大学資金が運用され、それが学生の奨学金にも充てられるのはアメリカの大学などでは普通だ。それを日本で初めて実現したのが神山まるごと高専だった。
Wednesday Night
その学校に今年正月明けに行ってきた。
2年前、誰も入学していない完成間際の校舎を見学したことがあった。案内してくださったスタッフと自分だけの静寂な山間の空間だった。
そこに今は2学年が入学・入寮している。雪の降る、2025年1月の徳島県神山町。

光が灯り、若者達が活発に行き来している。到着した瞬間に感激し、涙が出てきてしまった。
何もないところに道を創るのは、人間の意思、希望、情熱なんだなと、眼前の映像を見て強く思い知らされた。
「Wednesday Night」という、起業家2人と学生が膝詰めで語る水曜日のイベント。シリコンバレーで起業したHOMMA Groupの本間毅さんと「海外で勝負する起業家」枠でお呼びいただいた。お題は「起業と失敗」。
「15-16才の学生にとって、成功した起業家の体験談は、遠い話なんです」とWednesday Nightの担当者。だから「失敗」の話をして欲しいという要望だった。たしかに、起業家は毎日ハードシングスと直面するけど失敗談はいちいち人前ではしないですね。
ということで、本間さんと2人で失敗話を披露した。会社の運転資金がどんどんなくなっていく話。猛烈なカスタマークレームの話。
鋭い質問が相次いだ。学生にも高いリテラシーと当事者意識がある。
「CEOとCOOの役割の違いについて教えてください。」「友達2人と起業するのだけど、どっちがCEOでどっちがCOOか、なかなか決められなくて。」質問に手を挙げた彼は講演の始めからずっと鋭い目つきで聞き入っていた。
人口5000人の里山に、前代未聞の100億円の基金ができて、とある水曜日の夜、わずか15、16才の青年たちにこんな質問されるなんて日を、想像もしてなかった。
ちなみに、徳島県神山町の年間予算は年間40億円から60億円とのこと。
100億円基金とは、その2年分に相当する。すさまじい規模だ。


神山まるごと高専は革新的な神山町という土壌の上に建った。その土壌を20年前から耕していたのが、認定NPO法人グリンバレーの創設者、大南信也さんだ。念願の対面がかなった。